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大阪地方裁判所 昭和40年(わ)5537号 判決

主文

被告人を懲役三月に処する。

ただし、この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、永く空地のままになつていた木村正保所有の大阪市城東区放出町一三二九番地宅地一八三坪三合二勺(以下本件土地という)の東側に隣接して居住し、地主の木村から、右土地を被告人自身が家庭菜園等に一時的に使用することを黙認してもらつており、また買手や借手から問い合せがあつたときには通知してほしいと依頼されていたものの、右土地につき何ら売却、貸与の権限を与えられていなかつたにもかかわらず、昭和三八年一一月上旬頃、自動車修理業を営む大西清次郎から知人の浜口忠敏や山根秀夫を介して、本件土地をトタン板の塀で囲み、その一部に柱を建て屋根をトタン板で覆い雨露をしのぐ程度の小屋を建て材料置場と自動車置場として使用させてほしいという申入れを受け、これを承諾し、同月中旬頃大西より右承諾に対する謝礼の名目で金八万円を受領した。ところが、大西は、自動車修理工場を建設しなければならない緊急の必要に迫られていたため、被告人に前記貸与権限がないことを知りながら、地主の承諾も受けず、ほしいままに、同月中旬頃、本件土地の西側に木造亜鉛鋼板葺鉄骨二階建居宅付自動車修理工場一棟(建坪四八坪六合九勺、以下本件工場という)を建て始め、同三九年二月中旬これを完成し、木村所有の本件土地のうち右工場の敷地部分を不法に侵奪した。被告人は、大西が右建築に着手した直後に、前記承諾の範囲を超えて工場の建築を始めた事実を知つたのであるが、かかる場合被告人としては、前記のとおり本件土地の隣地に居住し、地主の木村とは、本件土地の一時的使用を黙認してもらつており、買手借手の問い合せにつき通知を依頼されていた間柄にあり、しかも、前記のように大西に対して本件土地の使用を許可し、同人が本件工場を建築する重大な原因を与えたものであるから、大西の前記行為を阻止するため、遅滞なくその行為を地主の木村に通知し、あるいはこれを警察に通報する措置をとる法律上の義務があり容易に右措置をとりうるにもかかわらず大西より、地主から請求があればすぐ撤去するから黙認して欲しいと懇願され、同人より前記謝礼金を受取つていたこともあつて、大西の行為を容認して前記措置をとらず、もつて前記大西の不動産侵奪の行為を容易ならしめ、これを幇助したものである。

(証拠の標目)〈略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法六二条一項、二三五条の二に該当するところ、右は従犯であるから同法六三条、六八条三号により法律上の減軽をした刑期範囲内で被告人を懲役三月に処し、情況により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。(本件につき、第一次的、第二次的各訴因を排斥して第三次的訴因を肯認した理由)

第一、本件の事実認定において最も問題となる争点は、(一)被告人が大西からの申入れに応じ同人に本件土地の使用を許可した際、被告人は、同人において本件工場のような永続的、本格的な建物を本件土地上に建築所有することまで許可したのか、あるいは、前記判示のような程度の塀、小屋を建て材料置場、自動車置場として使用する限度で許可したにすぎないのか、という点及び(二)、大西において、本件工場の建築を始めるにあたり、被告人が本件土地につき貸与等何らの権限も有していないことを知つていたかどうか、という点である。これらの点が証拠上どのように認定されるかが、被告人につきいかなる犯罪が成立するかを考える上において重要な影響をもつので、先ずこの点を検討することとする。

右各争点について関係者の供述を検討してみると、大西は「本件土地の地主は木村と聞いていたが、被告人も管理人として本件土地の賃貸権限があるものと信じていた。自分は浜口らを通じて被告人に、本件土地上に自動車修理工場を建築したい旨を申入れ、被告人もこれを承知の上、被告人との契約により本件土地の西側部分を賃借したのであり、権利金として金八万円、昭和三八年一二月から同三九年五月まで一カ月金三、〇〇〇円の賃料を被告人に支払つた」という趣旨の供述をし、これによれば、被告人は大西に対して本件工場のような永続的、本格的な建物の建築所有を許可し、かつ大西は被告人との契約により本件土地の西側部分につき永続的、本格的な自動車修理工場の所有を目的とした有効な賃借権を取得したと信じていたということになるのである。これに反して、被告人の供述及び大西が被告人から本件土地の使用許可を得るにつき仲介の労をとつたと認められる浜口忠敏、山根秀雄の各供述の要旨は、被告人は本件土地につき賃貸等何らの権限もなかつたが、大西から本件土地の一部を材料置場、自動車置場として使用したいという申入れを受け、この程度のことなら地主に無断で行なつてもよいだろうとの考えのもとに、右申入れを承諾したものであり、右の事情はすべて大西においても承知している、というのであつて、大西の供述とは根本的に対立している。

そこで、右相反する各供述のどちらが信用できるかを検討してみよう。

(一)  大西は、前記のとおり、被告人に賃貸権限があると信じ、被告人との間で、本件土地につき自動車修理工場の建築、所有を目的として賃貸借契約を締結したという趣旨の供述をしているが、前掲証拠によると、大西は、それが極めて容易であるにもかかわらず、事前に被告人に対し賃貸権限の有無を確めたことがなく、また使用目的、賃料等契約の内容について被告人と直接話し合つたこともないこと、本件土地の使用部分(坪数)使用期間について明確なとりきめがないこと、契約書が作成されていないこと等の事実が認められ(これらの点については大西自身が認めているところでもある)自動車修理工場の建築、所有を目的とした賃貸借契約を締結したというには、あまりにもその手続が杜撰であり契約内容もあいまいにすぎるといわねばならない。

(二)  前掲証拠によれば、大西は、本件工場の建築に着手するにあたり、被告人の妻を通じ被告人に金八万円を支払い、その後も同三八年一二月から同三九年五月まで月々金三、〇〇〇円を同様にして被告人に支払つたことが認められるが、大西の供述によると、後に地主木村が大西に対して本件土地明渡の訴訟を提起し、同四二年一二月頃、訴訟上の和解が成立したが、右和解において大西が木村に支払うこととなつた本件当初からの地代相当の損害金の額は、鑑定の結果によつて月々一万八、〇〇〇円ないし二万円とされていることが認められ、右事実に徴すると、前記八万円を本件土地の権利金、前記金三、〇〇〇円を右賃料と認めるには、その金額があまりにも少額にすぎるといわねばならない。また、柏君江、大西の各供述によると、前記金八万円は、水引きのかかつた紙包みに入れて大西から被告人の妻君江に手渡されたこと、右金八万円及び前記各金三、〇〇〇円の授受につき一回も受領証等が作成交付された事実がなく、大西もこれを要求したことがないことが認められ、右事実によると、前記各金員を権利金、賃料と認めるには、その授受の形式が不自然で社会常識に反するものと考えられる。(そして、むしろ、以上各認定の事実に柏君江、浜口忠敏の各供述を総合すると前記金八万円は、大西が被告人より本件土地の使用を許可してもらつたことに対する謝礼の趣旨の外にその後における月々金三、〇〇〇円づつの金員とともに大西が本件土地に本件工場を建築しようとしていること、建築中であること、建築したことを、その何れの時期においても被告人において地主に内密にし、黙認してくれていることに対する謝礼及び今後もそのようにしてもらいたいという趣旨で、交付されたものであると認めるのが相当である)

(三)  前掲証拠によると、大西は被告人に対し「地主より返還要求があつたときには、直ちに本件土地を復元の上明渡すことを約束する」という趣旨の昭和三八年一一月一五日付誓約書(同四二年押第九五三号の一)を差入れていることを認めることができる。右誓約書差入の日時について、前記浜口及び被告人は右作成日付の頃と供述し、大西は同三九年一月頃で、右作成日付は遡及して記入したものであると供述し、関係者間に喰違いがあるが、いずれにしろ、大西が被告人との正規の契約により本件土地につき本件工場所有を目的とした有効な賃借権を取得したと信じていたとするならば、右のような自己の地位を不安定にする不利益な誓約書を特段の理由もなく、やすやすと被告人に差入れることはとうてい考えられないところであり、大西の供述を詳細に検討してみても右特段の事由につき合理的な説明を発見することができない。

(四)  前掲証拠によると、被告人は、大西が本件工場の建築を始めた頃、大西を呼び、建物が大きすぎるではないか、約束に反するではないか、地主に見つかつたらどうするんだ、等と言つて右建築に抗議した事実を認めることができる。

(五)  本件土地につき賃貸等何らの権限をも有しない被告人が、右地上に本件工場のような本格的建物を建築することを他人に許可することは、その結果、いずれ右建物を地主の木村に発見され、その撤去も容易でないところから土地明渡をめぐる紛争を生じ、被告人自身の責任を追及されて不動産侵奪罪で告訴され、その結果被告人の銀行員(当時)としての社会的地位をも危うくすることになりかねない行為であつて、もし被告人において右のごとき許可を大西に与えたものとすれば、事前に右のような将来の憂慮すべき事態を容易に予想しえたものと考えられるが、被告人がこれにいかに対処するつもりであつたか、窺うに足りる証拠もなく、また、被告人と大西とは本件以前には一面識もなかつた間柄であること、その他被告人の職業、従来からの生活態度、家族関係等本件証拠に顕れた諸般の事情を考慮すると、被告人が前記のような危険を覚悟してまで大西に前記のような許可を与えたかどうか疑わしいといわねばならない。

(六)  大西は当時認証基準に合致した自動車修理工場を早急に建設しなければならない必要に迫られていたが、建物や工具類の資金つくりも困難で土地借受の権利金までは手が廻りかねる状況であつたと認められる。

以上(一)ないし(六)の諸事情のほか、大西の供述中には細部においてそれ自体矛盾する点、不明確な点がいくつか見出しうることを考え合わせると、被告人に賃貸権限があると信じ、被告人との間で本件土地につき本件工場の所有を目的とした賃貸借契約を締結したという大西の供述は、全体として信用できないばかりか、被告人が本件土地上に本件工場を建築することを許可したという点、大西が被告人の無権限につき知らなかつたという点についても信用することができず、前記被告人、浜口、山根らの供述の方が、前記(一)ないし(六)の客観的諸事情とも合致し信用に価すると考えられる。かくして、右各供述によれば、被告人は、昭和三八年一一月上旬頃大西より本件土地の西偶部分を材料置場、自動車置場として使用したいという申入れを受け、本件土地につき何ら権限がなかつたが、この程度のことなら地主に無断で行なつてもいいと考え、右申入れの趣旨で本件土地の使用を大西に許可したこと、右のような事情は大西においても知つていたことを認めることができる。

右のほか、被告人が本件土地に隣接して居住し、地主木村から本件土地の一時的自己使用を黙認され、買手、借手の問い合わせがあつた場合の連絡を依頼されていたものであること、被告人が前記使用許可を与えた直後、大西が無権限で本件土地の西側部分に本件工場を建築したこと、被告人が右建築着手直後にそのことを知りながら、大西の懇請により、これを容認して地主木村にこれを通知したり、警察にこれを通報したりしなかつたことについては、前掲証拠によつて、前記判示のとおりの事実を優に認めることができる。

第二、次に、右のような事実関係において、被告人につきいかなる形態の犯罪が成立するかについて検討してみる。

一、前記事実関係のもとにおいては、大西が実行した本件工場の建築及びその所有が客観的に木村所有の本件土地を不法に侵奪する行為であることは極めて明らかであるところ、まず、検察官は、第一次的訴因において、大西は被告人が本件土地につき賃貸等何らの権限をも有していなかつたことを知らなかつたことを前提として、被告人は情を知らない大西をして本件土地上に本件工場を建築、所有させたと主張し、被告人は間接正犯として不動産侵奪の罪を犯したものであるというのであるが、前記認定のとおり大西には右知情があり、従つて同人は自己が本件土地使用につき無権限であることを知りながら前記行為に出たものであるから、同人につき不動産侵奪罪が成立し、かつ本件証拠上被告人が大西を道具のごとく利用して右行為をなさしめたという関係を認めることができないから、右第一次的訴因はこれを認めることができない。

二、次に、被告人が右大西の不動産侵奪の行為につき共犯としての責任を負うか、負うならばそれが共同正犯(第二次的訴因か、従犯(第三次的訴因)かが問題である。

(一) まず、前記認定のとおり、大西が本件工場の建築に着手し始めたことは被告人の予期に反した行為であつて、右着手に先立ち、右行為そのものにつき被告人と大西との間に共謀がなかつたことは明らかである。もつとも、前記判示のとおり、被告人は大西に対して、本件土地上にトタン板の塀、柱とトタン屋根程度の小屋を建て、材料置場、自動車置場として、使用することを許可しているので、右のような使用が不動産侵奪罪にいう「侵奪」に該るならば、被告人は右許可を大西に与えたことにより、同人との間で、前記大西の行為と法定的に符合する不動産侵奪の犯行につき事前に意思連絡を遂げたという見方も可能になるのであるが、前掲証拠によると、被告人と大西との間には、地主よりの要求があれば大西において直ちに前記塀や小屋を撤去して本件土地を地主に明渡す旨の約束があつたことを認めることができ、しかも右のような塀や小屋は極めて小額の費用で短時間のうちに撤去が可能のものと考えられるから、右被告人が許可した本件土地の使用は一時使用の目的によるものであつて、不法領得の意思に基づくものではないと解され、かりに右の程度の他人の土地の無断使用が行なわれても不動産侵奪罪にいう「侵奪」には該らないものというべきである。したがつて前記被告人の使用許可によつて不動産侵奪の思思連絡があつたものということができない。

(二) 次に、前記のとおり、被告人が、大西において本件工場を建築し始めた直後右大西の行為を認識しながら、これを認容し、地主に対する通知、警察に対する通報等右大西の行為を阻止するための行為に出ず、その結果大西において本件工場を完成したことが認められるところ、右のような被告人の認識、態度に照して、まず不動産侵奪罪の共謀共同正犯(第二次的訴因)が成立するかどうかについて考えてみると、共謀共同正犯が成立するためには、共謀者において単に他人の犯行を認識しているだけで足らず互いに他人の行為を利用して各自の犯意を実行する意思が必要であると解せられるところ、被告人が前記のような大西の行為を認識しながらこれを認容したのは、前記認定のとおり、被告人は一旦右大西の行為に抗義したのであるが、同人から、地主より請求あり次第直ちに撤去するから黙認してくれと懇願され、同人より謝礼金を受取つていたこともあつて、右懇願をむげに断ることができなかつたため、右大西の行為を認容したものであること、そして、本件工場が大西の営業用建物であつて、その建築の完成、所有による利益は大西に専属するものであり、月々金三、〇〇〇円程度の金員を大西がくれるので受けとつたにすぎなかつたこと等の事情を考え合わせると、被告人において右大西の行為を利用して自己の犯意を実行する意思があつたものとは認めることができず、したがつて、被告人につき、共謀共同正犯の成立を認めることはできない。

次に、不作為による幇助犯の成否について考えてみると、被告人は大西において本件工場の建築に着手し始めたときに右大西の行為を発見したのであるから、被告人において遅滞なく右大西の行為を地主の木村に通知し、あるいは警察に通報したならば、民事上の仮処分手続や警察力の行使によつて本件工場の完成を未然に防止しうる可能性があつたと考えられる。

そこで、被告人において右大西の行為を地主に通知し、あるいは警察に通報すべき法律上の義務があるか否かについて検討すると、被告人と木村との間には、被告人が本件土地に隣接して居住し、木村から本件土地の一時的自己使用を黙認され、また買手、借手の問合せにつき通知を依頼されていたという信頼関係があり、しかも、被告人は、一時的使用を目的とするにしろ、何らの権限もなく、大西に対して本件土地の使用を許可したのであり、これは、条理上許されない行為である上、前記大西の犯行を誘発しやすい危険な状態を作り出したという意味で、右大西の犯行の重大な原因をなした行為であると考えられる。右のような被告人と木村との間の信頼関係、被告人のいわゆる先行行為を考え合わせ、更に前記木村への通知、警察への通報が僅かの労力で容易になしうることであることを、考慮すると、被告人は、前記のとおり大西が本件工場を建築し始めたことを発見した際、これを阻止するため、右大西の行為を遅滞なく木村に通知し、あるいは警察に通報する措置をとるべき法律上の義務があつたものというべきである。

而して、被告人は右法律上の義務を怠り、前記大西の犯行を木村に通知したり、警察に通報したりする措置をとらなかつたのであるが、右の不作為は、不動産侵奪罪の構成要件が予定する作為(侵奪行為)とその構成要件的評価を同じくするものとは考えられず、前記大西の不動産侵奪行為を容易にした行為すなわち幇助犯として評価されるにとどまるものと考えられる。

以上の次第で、当裁判所は、本件につき第一次的、第二次的各訴因を排斥し、第三次的訴因を採用して、被告人につき不作為による不動産侵奪罪の幇助犯を認定した次第である。(松浦秀寿 黒田直行 中根勝士)

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